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東京地方裁判所 平成4年(ワ)3846号 判決

原告

中屋マサヨ

ほか四名

被告

星野国彦

ほか一名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、原告中屋マサヨに対し一二五〇万円、原告中屋英則、原告中屋誠、原告篠原美鈴、原告池田寿美子に対しそれぞれ三一二万五〇〇〇円及びこれらに対する平成二年三月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実及び証拠によつて容易に認定しうる事実

1  本件事故の発生(争いなし)

被告星野国彦(以下、「被告星野」という。)は、平成二年三月一三日午前八時五〇分ころ、普通乗用自動車(以下、「被告車」という。)を運転して、新町方面から白山八丁目方面に南北に通ずる市道(以下、「本件市道」という。)を新町方面から白山八丁目方面に向けて進行し、茨城県取手市新町六―一八―四付近(以下、「本件現場」という。)において、道路左側路上に被告車を停車させたところ、後方から被告車と同方向に向けて進行してきた訴外亡中屋英次(以下、「訴外亡英次」という。)運転の原動機付自転車(以下、「被害車」という。)が被告車後部に衝突した。

訴外亡英次は、右交通事故により、小腸破裂、右下肢急性動脈閉鎖、急性腎不全などの傷害を受け、同月一六日、死亡した。

2  責任原因(争いなし)

(一) 被告星野は、本件事故当時、被告車を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であり、その運行によつて本件事故が発生した。よつて、同被告は、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条本文による損害賠償債務を負うべき地位にある。

(二) 被告大東京火災海上保険株式会社(以下、「被告会社」という。)は、被告星野との間で、被告車を被保険自動車とする自動車損害賠償責任保険契約(証明証番号五〇〇―一四三八八〇七四)を締結していた。よつて、被告会社は、自賠法一六条一項により損害賠償債務を負うべき地位にある。

3  相続(甲一二ないし甲一七)

原告中屋マサヨは訴外亡英次の妻、原告中屋英則、同中屋誠、同篠原美鈴、同池田寿美子はいずれも同人の子であり、他に相続人はいない。

二  争点

1  責任

(一) 原告らの主張

本件現場は交通量が多く、終日、駐車禁止の規制がなされているところ、被告星野は、道路反対側の自動販売機で缶コーヒーを買うために、駐車禁止の規制に違反して本件現場に被告車を急停車して駐車した。その結果、後方より追従して進行してきた訴外亡英次は衝突を避けることができず、本件事故が発生した。

仮に、急停車したのでないとしても、被告星野は、駐車禁止場所に駐車したのであり、本件現場が上り勾配であつたこと、本件事故当時強風がふいていたこと、その他車両の通行量に鑑みると、追突の危険を増大させたものであり、そのことは同被告も十分予測できた。その上、同被告は、被害車に気付きながら、警笛を鳴らすなどの事故回避措置をとらなかつたため、本件事故が発生した。

(二) 被告らの主張(抗弁)

被告星野は、本件現場において被告車を停止させる際、後方の確認をした。その後、再び後方を確認したところ、被告車から約一〇〇メートル以上後方に被害車を発見した。一方、訴外亡英次は顔を下方向に向けて進行してきたため、被告車を発見することができず、被告車に衝突した。被告車が停車してから衝突までに約四〇秒ほど経過している。従つて、被告星野に過失はなく、本件事故は訴外亡英次の前方不注視によつて発生したものである。また、本件事故は被告車の停車中に発生したものであつて、被告車の構造上の欠陥や機能障害の点は本件事故と関係がない。

2  損害額

原告らは、〈1〉入院治療費一万九九一〇円、〈2〉休業損害二万円、〈3〉逸失利益七二四万六六〇九円、〈4〉慰謝料二〇〇〇万円、〈5〉葬儀費用一二〇万円、〈6〉弁護士費用一五〇万円の合計二九九八万六五一九円の内金二五〇〇万円を相続分に応じて請求する。

第三争点に対する判断

一  本件事故当時及び事故直後の状況

証拠(甲七、一一、甲一八ないし甲二二、乙三、四、証人遠藤克夫の証言)によれば、以下の事実が認められる。

1  本件現場は、別紙交通事故現場見取図(甲)のとおり、新町方面から白山八丁目方面に南北に通ずる本件市道上にあり、右市道は、片側一車線の歩車道の区別のあるアスフアルト舗装の道路で、路面は乾燥していた。車道の幅員は九・一メートル、一車線のそれは四・五五メートルであり、道路端から一・四メートルの地点にそれぞれ外側線が引かれている。新町方面から白山八丁目方面に向けて緩やかな右カーブとなつており、上り勾配でもあるが、ほぼ直線道路であつて、見通しは良い。また、周囲は市街地であるが、西側の歩道幅は三・五メートルあり、しかも、民家との段差もあつて、視界を妨げる状況はなかつた。

2  本件道路の最高速度は時速四〇キロメートルに制限されており、また、終日、駐車禁止の規制がされている。

3  本件事故当日午前九時一五分から九時五〇分まで行われた実況見分の際の一分間の車両の交通量は五台であつた。実況見分を実施した警察官の認識では車の交通量は普通となつている。なお、平成四年の四月、五月に原告らが測定した際には、本件事故と同時刻の一分間の車両の交通量(対向車線の車両を含む)は三一台ないし三九台あつた。

4  本件事故当日の気象条件は、晴で、西北西ないし北西の風がふいており、風速は毎時八ないし九メートルであつた。

5  前記実況見分の際、別紙交通事故現場見取図(甲)の×の地点付近の外側線上に被害車のタイヤ痕が二か所あり、また、被告車のガラス片等が散乱していた。従つて、右×地点が衝突地点であり、被害車の進行位置はほぼ外側線上であつたことが認められる。

なお、被害車の転倒付近に被害車の擦過痕があつたが、被告車、被害車のブレーキ痕は認められなかつた。

6  被告車の車幅は一・六五メートルであるところ、前記実況見分の結果によれば、右後部バンパー、フエンダーがへこみ、また、バツクランプのガラスも破損していた。この凹損の中心部分は、被告車右端から約四五センチメートルのあたりであつた。従つて、被告車の車幅と路側帯の幅から計算すると、被告車は道路端から二〇センチメートル空けて停車したことになる。

他方、被害車は、フロントフオークが曲損状態にあり、また、前輪の泥よけ、フロントカバーも破損していた。そして、前記のとおりブレーキ痕がないことや、被告車、原告車の破損状況等からすると、被害車は、特段減速をしないまま衝突したことが推認できる。

二  被告星野の運転状況・停車状況、本件事故までの状況

1  被告星野の尋問の結果(供述)は、概要、次のとおりである。

「出勤のため、被告車を運転し、本件市道を、新町方面から白山八丁目方面に向け時速約四〇キロメートルの速度で進行した後、道路右側にある自動販売機で缶コーヒーを買うために、後方を確認しながら、本件現場に道路端に寄せて停車し、サイドブレーキをかけ、エンジンを止めてキーを取り、シートベルトをはずした。そして、乗用車等の車両が通過した後、また後方を見たところ、後方に停車していた工事用車両の横から進行してくる被害車が見えた。更に確認しようとして左側から後方を見たら、そのときは既に被害車が迫つてきており、危険を感じたが、そのまま衝突した。バイクの運転手はうつむき加減だつた。本件現場が駐車禁止の場所であることは知つていた。」

2  右供述のうち、停車していた工事用車両の横から進行してくる被害車が見えたとの供述は、本訴訟になつて初めて述べたものであつて直ちに信用することはできない。しかしながら、被告星野から事情聴取した警察官である証人遠藤克夫の証言によれば、本件事故直後の実況見分の際及びその後の取調べの際、被告星野は、被害車との距離については特定できなかつたものの、被害車の停車状況や車内での一連の動作、後方の確認や被害車の発見の状況等について、ほぼ同旨の供述をしていたことが認められる。

3  以上の供述内容や供述経過に加え、本件現場には被告車のブレーキ痕がなかつたことを総合すると、被告星野の供述は、被害者を発見した際の被害車との距離の点はともかく、その他の点は大筋において信用でき、被告星野は急停車をしなかつたことが認められる。原告らは、被告車の停車位置が自動販売機の位置よりも先であるから急停車したはずである旨主張するが、この事実をもつて急停車したと疑うには至らない。

4  次に、停車時点から衝突までの時間については、これを特定することは困難であるが、停車後、被告星野が一連の動作をしたことや被害車の前に乗用車が通過したこと、後方を確認して被害車の進行してくるところを見たことなどの事実に照らすと、被告車が停車してしばらく経過した後に本件事故が発生したことが推認できる。なお、甲第五号証中には、被告星野が、当初、「停止してすぐに追突された。」旨の供述をし、その後供述が変遷した旨の記載があるけれども、遠藤証人の証言に照らし、前記認定を覆すだけのものともいえない。

三  被告星野の責任

1  右認定のとおり、本件事故は、被告車が停車してから、しばらく経過した後に、被害車が追突して発生したものであるから、本件事故は被告星野が急停車をしたことによつて生じたものとはいえず、この点の過失はなかつたと認められる。

2  次に、駐車禁止場所に被告車を停車させたことが本件事故発生についての過失とはいえないかどうかを検討する。

(一) 確かに、被告星野は自動販売機で缶コーヒーを買うために被告車を停車させたものであり、本件事故までに数秒間(被告らによれば四〇秒間)の停車時間しかなかつたとはいえ、継続的停止を目的としていたと認められるから、駐車にあたるといえる。そして、本件現場に駐車しなければ本件事故は発生しなかつたという意味においては、駐車と本件事故との間に条件関係があることも確かである。しかしながら、具体的過失と交通事故発生との間には相当因果関係が必要であるから、当該交通事故につき原因となつた具体的過失を検討する必要がある。

(二) そこで、本件について検討するに、

(1) まず、前記一3のとおり、本件事故直後の車両の通行量は普通程度であり、被告星野の供述とも照らすと本件事故の当時の交通量もさほど多くはなかつたものと推認できる。

(2) 次に、争いのない事実及び前記一1、4認定の事実によれば、本件事故は、午前八時五〇分ころに発生したものであり、当日の天気は晴であつたこと、本件現場は被害車の進行方向からはかなり見通しがきくこと(乙四、五によれば、少なくとも七五メートル前で本件現場を見通すことができるものと推認できる。)、周囲の民家等が交通に影響を与えるような事情もなかつたことが認められるのであつて、走行車両からすると、通常であれば停車車両を発見することに支障がなかつたといえる。そして、被害車は被告車のかなり後方から進行してきたのであり、時速三〇キロメートル程度の速度で進行した場合、前方を確認する余裕は十分にあつたものといえる。

原告らは、本件市道が上り勾配であつたことや強風がふいていたことから単車にとつて前方の視界が妨げられ追突事故発生の危険性が高まつていた旨主張するけれども、前記認定の風速等の程度では、停車ないし駐車の車両の発見が難しかつたものとはいえない。また、被告車は尾灯やウインカーを点けていなかつたことが認められる(乙一、二、被告星野本人尋問の結果)が、午前九時前という時間帯や当日の天候に照らし、十分の明るさがあつたというべきで、本件事故の誘引ということはできない。

(3) また、前記一1、6の認定事実によれば、被告車は道路の左側に停車していたものであり、外側線から四五センチメートル程度はみ出していたことが認められるものの、センターラインまではなお二・七メートルの間隔があつたのであり、後続車両からすると十分回避が可能であつたものといえる。本件事故前には、被告車の右側を乗用車が通過している。

(4) 更に、証拠(甲二四ないし甲二六)によれば、本件現場付近は、交通の安全と円滑を図るために、昭和五一年二月九日から駐車禁止の告示がされているが、告示が改正された昭和六三年八月二五日以来本件事故以外に追突事故の報告はされていないことが認められる。

(5) そして、本件事故状況については、前記一5、6の通り、被害車が、外側線付近を直進してきて、特段の減速もしないままで追突したのであつて、訴外亡英次の側に前方不注視があつたことは明らかである。

(三) 以上、本件事故当時の交通量、見通し状況、被害車にとつての回避可能性、従前の追突事故の有無、被害車の追突状況などの諸点を総合すると、いわゆる駐車違反があつたとはいえ、駐車禁止場所に駐車したことによつて本件市道の交通の危険が増大し、その結果として本件事故が発生したということはできず、右法規違反自体が本件事故発生についての過失ではなかつたというべきである。

(四) また、前記認定事実によれば、被告星野に他に過失は認められず(原告らは、被告星野が警笛を鳴らすなどの回避措置を講じなかつた点を指摘するけれども、前記二認定のとおり、被告星野が危険を感じた際には回避措置を講ずる余裕はなかつたものといわざるを得ない。)、本件事故は訴外亡英次の前方不注視によるものというほかない。

(五) 本件事故は被告車の停車中に発生したものであつて、被告車の構造上の欠陥や機能障害の点は本件事故と関係がないことも明らかである。

四  以上の次第で、その余を判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小西義博)

別紙 〈省略〉

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